お布団を離したくなくなる季節になりました。
杜の遊歩道では辺り一面キンモクセイの香りで満たされています。
だんだんと色づく木々、
熟れてゆく果実、
落ち葉を踏む音、
空気の匂いと、少しの肌寒さ。
秋の訪れを、思う存分お楽しみください。
A.N
お布団を離したくなくなる季節になりました。
杜の遊歩道では辺り一面キンモクセイの香りで満たされています。
だんだんと色づく木々、
熟れてゆく果実、
落ち葉を踏む音、
空気の匂いと、少しの肌寒さ。
秋の訪れを、思う存分お楽しみください。
A.N
10月に入り、いつの間にか秋の風を感じる季節となりました。
朝夕は次第に肌寒くなってきましたので、お体にはお気をつけてお過ごしください。
当館では、今年の春に開催された「香水瓶の至宝~祈りとメッセージ」展の
出品作241点のうち52点の香水瓶を常設展としてご紹介致しております。
今回は、私の大好きな19世紀の香水瓶を紹介致します!
《香水瓶》 ブシュロン社 フランス 1890-1900年
19世紀には、クリスタル製や宝石をちりばめた香水瓶が多く作られたそうです。
《香水瓶》 (オリーブ・エ・ミリレ) フランス 1860年頃
香水瓶の至宝の展覧会チラシの表紙を飾っていた香水瓶。
卵型のブラッドストーンに金銀細工を被せたもので、さらにその装飾の上には真珠やダイヤモンド、 ルビーなどの宝石がふんだんにあしらわれ、思わず見入ってしまう
ほどの美しさです。
《香水瓶》 フランス 1900年
葉のついた枝先にルビー、ピンク・サファイヤ、エメラルドがあしらわれ、
多色の花々を咲かせたデザインがとても素敵です。
いつもは受付に座っているのですが、時間を見つけては香水瓶展示室を訪れて
目の保養にしています。
お客様から「きれーい!」「初めてみたー!」という静かなつぶやきが
聞こえてきた時、とても嬉しく思うと同時に、「そうですよね!」と
心のなかで喝采している今日この頃です。
また、只今開催中の
「西南戦争浮世絵 さようなら、西郷どん」も残すところ10日となりました!
香水瓶とあわせて西南戦争浮世絵の世界もご堪能ください。
海の見える杜美術館では、10月14日(日)まで「西南戦争浮世絵 -さようなら、西郷(せご)どん-」を開催しております。今回はその出品作品の中から、西郷隆盛が地獄で大暴れする《隆盛冥府大改革》という作品を紹介します。
鈴木年基画《隆盛冥府大改革》 大判錦絵三枚続 明治10年12月7日届出
画面の中央では、西郷が左手で鬼の首を掴み、右手で閻魔大王を殴り倒しています。その傍らでは桐野利秋が2体の鬼を締め上げています。また、画面の左奥に目を移すと、薩摩兵士たちが逃げ惑う鬼を追い回している様子が見えます。狼狽する閻魔大王らとは対照的に、西郷を始めとする薩摩軍は猛々しく描かれています。
詞書には、1877年9月24日の城山において、兵を集めた西郷が冥府へ攻め入り、閻魔大王を打ち倒し冥府の王になった旨が書かれています。この作品は、西南戦争終結から2か月余りを経て制作されましたが、詞書の内容が、実際に巷で流れた風説をもとに書かれているのか、制作者の想像で書かれているのかは不明です。西郷が生きている間に果たすことができなかった改革を、せめてあの世で果たさせてあげたいという世間の彼に対する同情が、この作品を生んだのかもしれません。
大内直輝
朝夕も少しずつ涼しくなってきました。
杜の遊歩道では着々と紅葉が進んでいます。
9月中旬~10下旬を見頃とするキンモクセイが、小さな花を咲かせていました。
強い香りが印象的な一面とは裏腹に、咲かせる花は1㎝にも満たない小さな姿から、
「謙遜・謙虚」といった花言葉がつけられています。
また中国では、位の高い女性の香料などに、
加工されたキンモクセイが使用されていたことなどから、
「気高い人」という花言葉もあるのだとか。
まだまだつぼみが多いですが、
誰もがどことなく懐かしさを感じるあの香りが楽しめるのは、
あともう少しです。
A.N
杜の遊歩道を歩いていると、色づいた葉も少しずつ落ち始め
子どものころに落ち葉を踏んでカサカサ音をたてながら
遊んでいた頃を思い出します。
美術館からバラ園まで下りてゆくと、
ラブリーメイアンとノカンゾウが咲いていました。
(ノカンゾウ)
(ラブリーメイアン)
凛と咲く花々を見るたび癒され
そんな空間があることが嬉しく思う今日この頃です。
o.s
9月も半ばに入り、過ごしやすい季節になってきました。
今展覧会、「西南戦争浮世絵展」は10月14日(日)までということで、
気がつくと展示期間の折り返しを過ぎ、残すところあと1ヵ月となりました。
今回は受付・総務を務める私の目線から
可愛らしいと思った作品を少しだけご紹介させていただきます。
299.〔「征韓論」から「御船戦争」まで12場面〕大判錦絵 届出日記載なし
307.大新ぱん鹿児島暴徒人名集 大短冊判錦絵 届出日記載なし
一マスがこんなに小さくても、一つひとつ細かく色鮮やかに描かれており、
思わず見入ってしまいました(ちなみにこちらは西郷隆盛)。
海の見える杜美術館では、Instagramを毎日更新しております。
作品の中からお客様のお気に入りの作品をぜひ教えてくださいませ。
お客様のお気に入りが採用されるかもしれません…
お時間のある時に覗いてみてはいかがでしょうか。
A.N
こんにちは、学芸員のクリザンテームです。前回のコニャック=ジェイ美術館訪問と同様、今回もパリ・マレ地区での散策が続きます。
なぜならこの地区には、香水専門店をはじめとする魅力的なお店がひしめきあっているからです。
なかでも、エディション・ドゥ・パルファン フレデリック・マル社のブティックは、シックな黒い外観でひときわ異彩を放つ存在です。
フレデリック・マルについては、当館の企画展「香水瓶の至宝 ――祈りとメッセージ」の図録に収録されたマルティーヌ・シャザル氏の論文においても、新世代の香水アーティストとして言及されていますね。
彼が現代の香水界における革命児の一人といわれるゆえんを、私はブティックで改めて思い知らされることになりました。
まず驚くのは陳列された香水瓶がすべて同じデザインであること。しかもラベルには調香師の名前と香水名が併記されているではありませんか!
つまりここでは、調香師は決して影の存在ではないのです。あたかも本の著者名のように明記されているため、調香師名をたよりに香水を選ぶこともできるのです。
これでブランド名に冠せられた「エディション・ドゥ・パルファン」(エディションはフランス語で「出版社」)の意味にも納得させられます。
ところでフレデリック・マルが採用したもうひとつの斬新な手法、それは新たな香りを世に出す際にはマーケティングに依存せず、調香師たちが生み出したいと願う香りを製品化することでした。
あらゆる分野においてマーケティングが主流となった今日では、実に勇気あることと言えます。
ラベル上の調香師たちの名は、そのようなマルの潔さをも表しているのですね。
シンプルを極めた香水瓶が置かれているのは、一転して個性豊かな空間です。
なんと壁も天井も鏡張りなのです。さらに有機的な形の木製キャビネットが設置されています。落ち着いた照明も相まって、SF小説で描かれる近未来へ来てしまった気がしてまいります。
私はこちらで香水専用試着室を体験いたしました。 「試着」とはいっても、ここで纏うのは服ではなく香水。 下の画像のようなキャビネットの中に香水を吹きかけて頂き、香りを嗅ぎます。
暗闇の中に立ち上る芳香。 一瞬にして言葉を失います。
嗅覚を研ぎ澄まして出会う香りは、かようにも雄弁であるのかと気づかされました。
クリザンテーム(岡村嘉子)
Remerciements
本記事執筆にあたり、ご協力頂きましたエディション・ドゥ・パルファン フレデリック・マル社のデルファン氏およびエリカ・ペシャール=エルリー博士に心より御礼申し上げます。Je tiens à exprimer mes remerciements à Delphin, Editions de Parfums Frédéric Malle et Dr. Erika Pechard-Erlih qui ont permis de réaliser cet article.
先日、美術館へ向かう途中杜の遊歩道を歩いていると
ある昆虫と植物を見つけました。
オニヤンマが木につかまっていたのでおもわずパシャリ。
自然が豊かだからか昆虫も普通より大きく感じます。(笑)
小さな花がまばらに咲くカエデドコロも見つけました。
自然が豊かな杜の遊歩道だからこそ、様々な生き物や植物に出会えることができます。
次はどんな生き物、植物に出会えるでしょう…
o.s
かんかん照りだった8月も残り1日となりました。
風もどこか秋の匂いを感じます。
そんな中、美術館の受付・総務を務める私たちは
次回の展覧会
「西山翠嶂-知られざる京都画壇の巨匠-」
に向けてチラシ発送の準備を進めております。
皆様のお手元に届くのは9月に入ってからになりますが、
どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。
「西山翠嶂」展
2018年10月27日(土) から開催です。
A.N
128.楊洲周延《暴徒突出軍議図》大判錦絵3枚続 1877年(明治10)
8月16日から17日にかけて開かれた薩軍の会議の様子が描かれています。しかし、すでに死亡した人物や、参加が疑問視される女性達、そしてボタンやキキョウなど花々が美しく描かれていることなどを見ると、史実を描くより軍議の様を劇的に美しく描くことに重点がおかれているようです。
この会議では、薩軍の今後について、官軍に降伏するか、決戦するか、あるいは鹿児島に戻るか、議論が紛糾してなかなか決まらず、最後はこれまで黙っていた西郷の発言によって、まずは可愛岳の政府軍を撃つことに決まったようです。
そして可愛岳を突破した西郷軍は、逡巡するも鹿児島に戻ることを決め、政府軍と戦いながら南進し、9月1日、ついに鹿児島に戻りました。
およそ140年前の今頃、西郷隆盛は、敗戦濃厚な軍隊を引き連れて、故郷に戻るべく日夜戦っていたのですね。
この作品は現在開催中の展覧会「西南戦争浮世絵 ―さようなら、西郷どん―」で展示しています。(10月14日まで)
※作品名に記された番号は、このたびの展覧会に合わせて発行された「資料集 西南戦争浮世絵」2018と連動しています。
さち
青木隆幸
(文章の翻刻)
猛勇天下に轟きし鹿
児しま県下の暴徒らも
いかでか官軍に敵すべき
根拠とせし都の城◌人
吉◌延岡をも攻をとさ
れ十重二十重にとり
囲まれ日向の山中ゝ村
にて西郷隆盛は桐野
利秋をはじめ部下の賊
魁をあつめ官軍の囲みを
破つて鹿児しまへ戻るべし
と地図を示して協議せり
篠田仙果(落款)