第9回 香水散歩 フランス
グラース・プロヴァンス美術歴史博物館

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こんにちは、クリザンテームです。

グラースでの香水散歩も、いよいよ終盤になってまいりました。今回は、約100年前にあたる1921年に、元大統領の子息とグラース最大の香水製造会社の令嬢との結婚がきっかけとなり創設された、プロヴァンス美術歴史博物館を訪問いたします!

香水散歩でご紹介してきた多くの美術館と同様、この美術館もまた、邸宅を改装したものですが、ここでは各居室に、建造時の18世紀の暮らしを彷彿とさせる内装が復元されています。それはさながらインテリア博物館とでも名付けたくなるようなもので、ここでは美しい調度品に囲まれたプロヴァンス貴族の往時の生活を見ることができるのです。

そのため館内を歩いていると、ここに暮らすマダムやムッシューと今にも行き合いそうな錯覚を覚えます。ですから、まさにここで、フランス国営テレビの人気ドラマの撮影が行われたことも納得してしまいました。

では、その優美な館内の見学をするといたしましょう。

1階の玄関ホールを抜けると、まず大広間が現れます。
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南仏の光に映える、鮮やかな若草色の壁紙に目が奪われます。

そこに配されているのはプロヴァンス産の高級家具。他の地方産の家具に比べて、明るい色合いの木材を使った、簡素ながらもエレガントな曲線を描く家具の数々です。

この邸宅が建てられたのは、1769年のこと。施主のプロヴァンス貴族のクラピエ=カプリ侯爵夫妻は、南仏で最も優雅な邸宅を目指し、ミラノ出身の建築家にこの館を設計させました。当時ここには、特別に誂えたパリの高級家具師による調度品も配されていたといいます。残念ながらそれらはほとんど散逸し、現在は17世紀から19世紀までのプロヴァンス家具を中心に構成されています。しかし結果的にはそのおかげで、パリやボルドー、リヨン等、他の地方の装飾美術館では味わえない、プロヴァンス家具の独自性を堪能することができるのです。
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大広間の両脇には、いくつも居室が連なります。比較的簡素な家具に比べて、カーテンをはじめとする布地の柄が、また鮮やかで愛らしいこと! しかも居室ごとに微妙に異なる(その細やかな違いを探すのもまた楽しい)、趣向を凝らしたプロヴァンスの布地が用いられています。

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「あら、もうこんなお時間!? まだ午前中かと思っておりましたのに……」いえいえ、こちらは時計ではありません。18世紀につくられたルイ15世様式の気圧計兼温度計です。このような当時の最新機器があるのも、この館に相応しいですね。IMG_3966

そして子供部屋には、愛嬌のある目をした木馬が置かれていました。よく見ると、尻尾までボンボンのお飾りが!しかもカーテンの色合いと調和しています。IMG_3965

このほか、1階にはバスルームやキッチンがあり、2階、3階へと上がれば、考古学から絵画、宗教美術、陶器、さらには照明器具などがまとめて展示され、プロヴァンスの長い歴史を知る最適の場所となっています。IMG_3978

なかでも、クリザンテームがこの美術館の面白さを感じるのは、都市の貴族生活だけではなく、土に根差した農民の姿をも同時にわかることです。

とりわけプロヴァンス・ワイン展示室では、道具とともに製造作業を伝える記録写真が展示されていて、深く印象に残りました。

例えば、ブドウ収穫に使う籠とともに、収穫時の写真(1944年)が。ブドウ籠

拡大すると……ブドウ摘み

大人も子供も一家総出で、さらに収穫を手伝いにくる季節労働者も一緒になってブドウを手摘みしています。彼らの表情のなんと晴れやかなこと!

お次は、なにやらみんなで楽しそうに絞っていますね。IMG_3974拡大

彼らのこの表情――フレッシュで気取りがなくて温かみがあって――は、まさにプロヴァンス産ロゼ・ワインの味わいと重なります。今後はワインを頂くたびに、これらが蘇りそうです。

お次は、ところ狭しと並んだブドウの入った瓶、そしてそこに話しかけるように水を注ぐおじいさん(しかもジャン・コクトー似!)。IMG_3975

愛情をこめて農作業に勤しむプロヴァンスの暮らし。グラースの香水も、このような土地から生まれたと思うと、いとおしさを一層感じました。

クリザンテーム(岡村嘉子)

《今月の作品》
海杜 籠

こちらは苺がいっぱいに詰まった籠。《セント・ボトル》イギリス、チェルシー、1755-58年、海の見える杜美術館所蔵。

海杜 ブドウ摘み

本ブログ2回目の登場ですが、陽気にブドウを摘む彼女を今回は外せませんね。《セント・ボトル》イギリス、セント・ジェイムズ1760年頃、海の見える杜美術館所蔵。

 

 

第8回 香水散歩 フランス
グラース・フラゴナール香水博物館 

 

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こんにちは、クリザンテームです。今回もグラースでの香水散歩が続きます。なにしろ、世界の香水製造の中心地たるグラースには、その豊かな文化を物語る史跡や美術館が目白押しなのです。

今回訪れたのは、フラゴナール香水美術館です。

「フラゴナール」の名を聞くと、18世紀フランスの宮廷画家でグラース出身のジャン=オノレ・フラゴナールを、真っ先に思い出される方がいらっしゃるかもしれませんね。かくいう私もその一人でした。フラゴナールの父は、宮廷における手袋と香水の責任者でありました。この美術館を運営するのは、1926年創業の南仏を代表する香水製造会社フラゴナール社。その社名は、絢爛たるフランス宮廷文化を彩った、フラゴナール一家にちなんでつけられたものなのです。

フラゴナール社の製品は、南仏らしい明るい色彩を多用した、フランスのエスプリ溢れるパッケージ・デザインやグッズでも知られ、パリのサン=ジェルマン・デ・プレやオペラ、ルーヴル美術館カルーセル店をはじめとするフランス各地のブティックは、いつも多くの女性たちで溢れています。

社はまた、その豊かな香水瓶コレクションも名高く、グラースとパリにそれぞれ美術館を持っています。

こちらはパリのフラゴナール香水美術館。

パリ2

そして、こちらがグラースの香水美術館入り口。

入り口

入り口2

両館とも、古代から現代までの膨大な香水瓶コレクションが年代順に陳列されていて、香水瓶の歴史を一望できる作りとなっていますが、その楽しみ方は少し異なっています。

パリの美術館は解説者つき見学が主であるのに対し、グラースでは、来館者の心の赴くまま自由に見られます。またグラースの展示空間は、個人の邸宅に招かれたかのような設えであることも、楽しみの一つでしょう。そのおかげで、より寛いだ気持ちでコレクションを味わえるのです。

例えば、こちらは古代世界の香水瓶展示室。シックな壁色にシャンデリアが映えますね。

内部1

壁の色は、各時代に合わせて塗り分けられています。その色合いのセンスが、また秀逸。

日が射し込んだときのワインボトルのようなライムグリーンや、鮮やかなカシス・レッド、はっとするようなモーヴ色など、これぞフレンチ・シック!とつい言いたくたるような、ニュアンスのある色たちが、各時代の雰囲気を伝え、また美術館全体の印象をさらに強めています。

内部2

こちらは、香水のラベルと香水製造機械の展示。

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内部3

こちらは多種多様なポマンダーがずらりと陳列されています。海の見える杜美術館のお仲間たちがここでも見出せました!

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キャビネットを中心に、古代エジプトのアラバスター製容器、古代ギリシャのアリュバロス、ルネサンス以降のポマンダー、17世紀以降のガラス製、18世紀以降の陶器製やクリスタル製の香水瓶、ネセセール……と歴史を代表する名品が展示されているのですが、クリザンテームがとりわけ注目したのは、グラースならではの芳香容器「ベルガモット」のコレクションです。

こちらです!

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「ベルガモット」とは、18世紀、グラースで栽培された、ミカン科の香木ベルガモット(紛らわしいですね!)の樹皮で作られた小箱です。掌サイズの箱には、優しい色合いのテンペラ画が施されています。アールグレイを淹れると、にわかにふわっと立ち上る、柑橘系のあの芳香がする小箱たち。生活におけるなんと洒落た演出なのでしょう!

画像を拡大して見ると……

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18世紀、グラースのブルジョワ階級の人々にとってベルガモットは欠かせないものでした。彼らはこの中に、キャンディ、嗅ぎ煙草、アクセサリー、ちょっとした思い出の品といった、思い思いの品をおさめていました。技を極めた職人の作る貴重な材の香水瓶もいいものですが、このような樹皮製の小箱も、生活が垣間見えるようで面白いですね。

ちなみに、デメル社やドゥバイヨル社などの、乙女心が刺激される愛らしい図柄のチョコレートの空き小箱を捨てられずに、ついついちょっとした小物を入れしまうクリザンテームは、18世紀のグラースの人々に勝手に親近感が湧いてしまいました!

さて、この美術館の独自性はこれだけではありません。地階において、香水の製造工程の解説ツアーが定期的に催されているのです。

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ずらりと並んだ蒸留器などの機械を前にして聞く解説が、また面白いのです。

男性用香水と女性用香水の成分の違いや、工程に要する時間など、知っていそうで実はよく知らない情報を、丁寧に教えて頂きました。

最後は、ミュージアムショップで、見学の余韻を味わいながら、フラゴナール社の製品選びを楽しみました。

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ふと気づくと、窓の外に夕闇が迫っていました。

クリザンテーム(岡村嘉子)

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◇ 今月の香水瓶 ◇

ポマンダー

 

《ポマンダー》ドイツ、アウグスブルグ、1700-1720年頃、銀、銀に金メッキ、七宝、海の見える杜美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸若舞曲と絵画」展、展示替えをします

早いもので気がつけば4月。杜の遊歩道の桜も満開を迎えようとしています。

さて、展覧会「幸若舞曲と絵画」も会期半ば。8日の休館日に展示替えをいたします。

 

出品される作品は変わりませんが、絵本のページをめくり、絵巻を巻き替え、前半とは違う場面をお見せします。前半はこの土日が最期です。

 

今回の展覧会の見所のひとつである、海の見える杜美術館所蔵の《舞の本絵本》は、幸若舞曲の人気の演目三十六番を47冊の絵本のセットに仕立てた作品です。詞書(文字の部分)には華やかな装飾が施され、絵のページにも上下に金箔の霞が配され、高価な顔料が惜しむことなく使われていて、大変豪華な作り。一見して格の高い大名家など、限られた層の人々の持ち物であったと想像されます。実際に、各冊には「游焉館図書」の印が捺され、この本が游焉館、つまり府内藩の江戸末期の藩校の所蔵であったことが知られ、豊後松平家(大給家)の持ち物であったものが府内藩藩校に移管されたと想定されるのです。

 

海杜本《舞の本絵本》の他にも、アイルランドのチェスター・ビーティ・ライブラリィ等が所蔵する《舞の本絵巻》や、日本大学図書館が所蔵する《幸若舞曲集》(本展覧会で展示中です)など、同じ『舞の本』をもとにした絵巻のセットが作られていたことが知られています。

 

海杜本は(多少異同がありますが)三十六番が揃った希有な作例で、今回の展覧会では、その三十六番47冊を一挙公開しています。

 

とはいえ絵本ですので、すべてのページを一度にお目にかけることができずに残念なのです。三十六番、それぞれのお話の名場面を少しでも見て頂きたい!というわけで、今回は作品の保護もかねて、会期の半ばでページを替えて、違う場面をお見せします。

 

たとえば、兄頼朝に追われた源義経とその郎党の最期を語る「高館」。現在は、義経らが涙ながらに酌み交わす最期の酒宴の場面を展示しています。義経の酒宴そして後半は、大奮闘の後、立ったまま死を遂げる弁慶の立ち往生の場面を展示します。弁慶の立ち往生

 

義経や常盤御前、敦盛や曽我兄弟など、戦国武将に愛された英雄たちの名場面をどうぞお見逃しなく!

 

谷川ゆき

春色の遊歩道と次回展のチラシ

一年で最も彩り豊かになる季節、春。

 

杜の遊歩道ではツバキ、コブシ、サクラ等の花たちがいっせいに開花し始めています。

 

ツバキ201903287 ツバキ

 

コブシ 20190328 コブシ220190328 コブシ1

 

サクラ20190331 サクラ20190330 サクラ1

 

こちらはいたるところに出没するムスカリ。20190328 ムスカリ2 20190328 ムスカリ1

なんとも可愛らしいです。

 

 

またシャトル乗り場のプランターも賑わっています。20190328 プランター

太陽の光を思う存分浴びた植物たちは、

 

真新しい葉と花びらをキラキラと輝かせながら成長しています。

 

そんな春色に染まりつつある杜の遊歩道を横目に、

 

当館では次回展覧会のチラシが完成いたしました。

菅井汲チラシ

「生誕100年記念 菅井汲 -あくなき挑戦者-」

 

会期:2019年5月25日(土)~2019年7月21日(日)

 

もうじき皆様のお手元にお届けいたしますので、

 

いましばらくお待ちくださいませ。

 

A.N

第7回 香水散歩 フランス
グラース国際香水博物館 後編

表紙

こんにちは、クリザンテームです。前回に引き続き、今回もグラース国際香水博物館での香水散歩が続きます。

順路に沿って展示室を巡る間、ひときわ感慨深く拝見した一連の展示品がありました。

おそらく作品保存上の理由でしょう。ほの暗い照明の下、ひっそりと展示されているのですが、引き出し式ケースにおさめられた皮手袋を見落とすわけにはいきません。というのも、それは、グラースが香水の町となった機縁を物語るからです。

手袋

かつてグラースは、高品質のなめし皮の産地として何世紀にもわたりその名を知られる存在でした。なめし皮には独特のあまり好ましくない匂いがつきものです。そこで考案されたのが、香り付きの皮革製品でした。

そもそも皮革製品に香りを付ける伝統は、アラブに由来し、スペイン経由でヨーロッパに伝えられたものです。香り付き皮革製品は、当然パリでも生産されていましたが、南仏に位置するグラースは花々の大規模栽培に成功したため、香りつきの皮革製品、とりわけ香り付き手袋でグラースが名を馳せるようになったのです。

展示室の片隅にさりげなく置かれた皮手袋に、この町の歴史が詰まっているのですね!

今日のグラースは、世界に名だたる調香師と香水を輩出し続けています。博物館には、そのようなお土地柄ならではの、香りそのものを楽しめる仕掛けが数多くあるので、童心に戻りワクワクしてしまいます!

例えば、こちらはボタンを押すと、その香りが噴射される機械。クリザンテームは、その日、鼻の調子があまりよろしくなかったのですが、博物館へ向かう道すがら、通りの薬局で求めた天然ハーブ鼻スプレーのおかげで、すっかり調子を取り戻し、様々な香りを楽しむことができました。

ネロリの甘やかな香りが漂ってきました!

ネロリの甘やかな香りが漂ってきました!

でも自然に囲まれたグラースにせっかくいるのですもの、天然の香りも味わいたいわ……という望みも、博物館は叶えてくれます。前編でお伝えした中庭の他にも、本格的なハーブガーデンを有する空中庭園を備えているのです。

そのハーブガーデンへと通じる廊下の壁には、天然香料が展示されています。

香料の先に、ハーブガーデンが垣間見えるとは、なんと洒落た演出!

香料

そしてこちらが、ハーブガーデン入り口です。

ガーデン入り口

ハーブガーデンは温室エリアと、屋外エリアに分かれています。そのいずれからも、周囲の歴史ある街並みが同時に楽しめます。

ガーデン屋外

ガーデン屋外

温室の壁には、香料となる植物の世界分布図が。勉強になります!

世界地図
各植物の説明も詳細で、これまた勉強になります!

例えば、こちらはタイム。香りの特徴はもちろんのこと、シャネル社「アンテウス」、ケンゾー社「ケンゾー プール オム」等、香料として使われた香水名まで記されています。
タイム

温室

芳香を味わいながら、香りの歴史や今日の使われ方を深く知ることができる博物館の訪問を終えて、グラースが私の中でさらに特別な町となりました。

クリザンテーム(岡村嘉子)

 

◇ 今月の香水瓶 ◇

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ケース付き《香水瓶》フランスまたはスイス、1785年頃、透明ガラス、金、七宝

、海の見える杜美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

INTOJAPANで「幸若舞曲と絵画」展をご紹介頂きました

小学館が発行する雑誌「和樂」のWEBメディア、INTOJAPANで「幸若舞曲と絵画」についてとりあげていただきました。「オススメ展覧会7」として掲載されています。

編集部厳選! 2019年3月に見逃したくないオススメ美術展10選

さすが和樂のウェブマガジン。展覧会を巡る旅に出たくなります。どの記事も魅力的で、デザインもとてもすてきです。ぜひご覧ください。

谷川ゆき

「幸若舞曲と絵画—武将が愛した英雄たち」展、はじまりました。まずは会場の様子をご報告します。

先週土曜日、3月2日から春期特別展が始まりました。週末の雨の中お出かけくださった皆様、ありがとうございました。金箔をふんだんに使った色鮮やかな作品がたくさん展示された今回の展覧会、なかなか豪華なものになりました。といいながら出し惜しみするようですが、まず今日のブログでは、展覧会の作品以外の見所についてご紹介します。

ポスターやチラシ、図録の表紙には《曽我物語図屏風》(渡辺美術館所蔵)の右隻、源頼朝の一行が富士の巻狩に臨む場面を使わせていただきました。さすがは桃山時代にさかのぼる曽我物語絵の名品、チラシのポップなデザインに負けない風格で、目にするたびに作品の力強さを感じさせます。

チラシと図録

 

美術館のエントランスホールには、幸若舞曲の物語の中でめざましい活躍を見せる「武将が愛した英雄たち」を6人ピックアップしてバナーにしました。右から源頼朝、曽我兄弟の弟五郎時致、義経の母常盤御前、曽我兄弟の兄十郎祐成、源義経、平敦盛です。エントランスホールのバナー

 

さて、今回の展覧会、ぜひ注目していただきたいのが、エントランスホールの横、1階のエレベーターまでのスペースです(展覧会会場は2階)。今回初公開となる、海の見える杜美術館所蔵の《夜討曽我絵巻》を大きく拡大して、長い廊下の壁面を絵巻に見立ててみました。いずれも第1巻から、向かって右手の壁は巻狩に向かう源頼朝一行と富士山麓の雄大な風景、左手の壁には頼朝が富士の巻狩の様子を描いた場面をとりました。《夜討曽我絵巻》は、幸若舞曲の曽我物の中でも人気の一曲「夜討曽我」を9巻の絵巻にした作品。通常は1枚〜2枚の挿絵で描かれる「富士山麓で頼朝が開催した巻狩」というモチーフを、この絵巻では実に1巻を丸々費やして描きます。左の壁面にあげた狩の場面は、絵巻の実寸で約9メートルにもおよび、この廊下の壁には収まりきりませんでした。展覧会では、前期(4月7日(日)まで)は富士山の場面を、後期(4月9日(火)から)は狩の場面を展示いたします。

右手の壁には、端に頼朝一行を小さく、富士山麓の景観を雄大に描きます。

右手の壁。端に頼朝一行を小さく、富士山麓の景観を雄大に描きます。

左手の壁。狩場では種々の獲物が追われます。かわいらしい兎や猿も。

左手の壁。狩場では種々の獲物が追われます。かわいらしい兎や猿も。

古美術の展示は作品保護のため残念ながら照明の明るさを落とさなければなりません。そして絵巻の画面は縦30〜40センチほどと小さく、もっと明るいところで近くで見てみたい!という欲をかきたてます。広々とした富士山麓の風景と、にぎにぎしい活気に満ちた狩の様子。印刷ではありますが、実際よりもずっと大きな画面で、絵巻ならではの横長の画面を存分に生かした絵の面白さを味わっていただければと思います。

「幸若舞曲と絵画」展は5月12日(日)まで、二ヶ月ちょっとの会期です。ぜひお早めにどうぞ!空気もだんだんと春らしく緩んで、遊歩道の河津桜は9分咲きの見頃を迎えています。展覧会とあわせてお楽しみください。

 

谷川ゆき

 

第6回 香水散歩 フランス
グラース国際香水博物館 前編

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こんにちは、クリザンテームです。

香水の歴史を知るために、雨空や曇り空が続く冬のパリから、南仏の避寒地コート・ダジュールへとやってまいりました。地中海に面したカンヌやニースから小高い山間部へとのぼると、近代香水発祥の地である小さな町グラースがあるからです。

そのあちらこちらには、香水の研究所や香水専門店、そしてもちろん博物館があり、少し足を延ばして郊外へといけば、グラースの豊かな歴史を支え続ける数々のお花畑があります。それらの写真を見るにつけ、またこの地で数々の香りを嗅ぐにつけ、今回は時期がかなわなかったものの、次こそはラヴェンダーの季節に戻ってこようとの思いが強まります。

グラースには、香水に関する博物館がいくつもあるのですが、まずはもっとも規模の大きい国際香水博物館をのぞいてみました。

エントランスを抜けると、巨大な香水工場に入ったような内装に驚かされます。

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と思うと、邸宅のような建物に迷い込んだり……

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と思うと、冬の果実が彩る、魅力的な中庭に不意に行き当たったり……(あれ!?外に出てしまった?)

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この階段はのぼるべきか否か……また迷子になりそうな予感と好奇心の狭間で悩みます。

この階段はのぼるべきか否か……また迷子になりそうな予感と好奇心の狭間で悩みます。

展示室の次なる扉を開けると、思いもよらぬ空間が待っています。いくつもの建物が連結した広大な博物館内は、入り組んでいるのですね。なにしろ、エントランスと出口も違うほどですので、方向音痴のクリザンテームには大変です!

 

さて、展示室の構成は、海の見える杜美術館の常設展示室同様、古代エジプトから現代までの香りの容器が時代と地域ごとに分類展示されています。順路が正しく辿れた暁には(!)、香りの悠久の歴史を辿ることができるでしょう。

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順路に沿って、古代から……

香りの器がずらりと並ぶ古代ギリシャ・ローマ展示室。

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18世紀展示室では、これこそ究極のネセセールのひとつと、つい言いたくなるような作品が見られます。象牙製ケースにおさめられた、マリー=アントワネットの旅行用ネセセールです。

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20世紀は、社会の大きな出来事の記述ともに、なんと一年毎に代表する香水瓶が展示されています!

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順路通りに辿れず、戻ってしまった時代の展示室では……

まあ!とても親近感の湧く二つの香水瓶が! このように海杜のコレクションのお仲間たちもこちらでは多数発見できます。その相違を確かめるのもまた楽しみのひとつですね。

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次回の後編では、グラース香水博物館の調香に関する展示室や、皮手袋について取り上げます。香水散歩をまたご一緒にお楽しみくださいませ。

 

クリザンテーム(岡村嘉子)

◇ 今月の香水瓶 ◇

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《セント・ボトル》イギリス、セント・ジェイムズ1760年頃 右《双口セント・ボトル》イギリス、セント・ジェイムズ1755年頃、ともに海の見える杜美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

 

西山翠嶂展のみどころその2

長い長いと思っていた(実際に長いのですが)西山翠嶂展も、そろそろ終わりが見えてまいりました。しかし2018年が終わることのほうを先に話題として挙げるべきですね(この原稿を書いているのは12月28日です)。2018年は当館にとってはリニューアルオープンという一大イベントがあった年でした。それなりに密度が濃い1年で長く感じたからでしょうか、うっかり「リニューアルしたのは去年じゃなかったっけ?」と思いそうになります。

 

リニューアル以来、「香水瓶の至宝展」「西南戦争浮世絵展」「西山翠嶂展」と3つの展覧会を開催してまいりましたが、3年間の休館を体験した私から申しますと、展覧会を開催して作品を見ていただける、感想をいただけるというのは非常にありがたいことです。

 

特に西山翠嶂の下絵は、当館の蔵に長らく眠っていたものですが、ずっと皆様に見ていただきたいと思っていたコレクションでしたので、このたびの展覧会で「おもしろい!」「西山翠嶂ってやっぱりすごい!」「こんな画家がいたなんて」などなどの感想をいただけていることを、本当にうれしく思っております。

 

さて。

展覧会のみどころとして紹介するのはちょっと違うかもしれませんが、やっぱりご紹介しておきたいのが図録です。

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表紙の画像は広島県尾道市、生口島にある耕三寺博物館様がご所蔵の西山翠嶂作品《乍晴乍陰》(1929年(昭和4))です。滋賀県の瀬田にある唐橋という橋を俯瞰して描いた作品で、晴れから雨への気候の変化、橋の上を行き交う人々の様子をこまやかに描き出しており、何度見ても見飽きることのない名品です。おかげさまで本当に素晴らしい表紙になりました。

どなたかにこの図録をお見せするときは、だいたいまず表紙を自慢しますね。たまに事務所でも他の学芸から「いい表紙だね~」と言ってもらってご満悦です。今も手にとってしみじみと眺めています。

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…表紙の素晴らしさばかりを力説してしまいましたが、開いても図版がたくさん載った充実の内容となっております。展覧会に出した作品はもちろんのこと、当館が所蔵する翠嶂の下絵や模写をすべて載せました。また、現存している作品も可能な限り掲載いたしました。翠嶂はこんなに素晴らしい作品をこんなに描いたのか、と驚いていただけるのではないかと思っております。さらに、作品の落款・印章(画家のはんことサインですね)も載せています。

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西山翠嶂《馬》(1939年(昭和14)、京都市美術館蔵)と、韓幹《照夜白》(メトロポリタン美術館蔵)や李公麟の《五馬図巻》との関連について述べた論文も掲載しています(私の論文ではありませんが)。

 

会場でもテラスでもお読みいただけるのでよかったらぜひお手にとってご覧くださいませ。

 

今年の夏の記憶があまりないな~と思っていたのですが、この図録を作っていたからなんですね。いや~、充実したいい年でした。

今年も大変お世話になりました。当館に来て下さった皆様、ブログを見てくださっている皆様、どうぞよいお年をお迎えください!

 

森下麻衣子

第5回 香水散歩 パリ装飾美術館
「ジャポニスムの150年」展

パリ

こんにちは、クリザンテームです。

今回は再びパリから最新情報をお届けします。 本年2018年は、日本とフランスにとって、交流160周年という記念の年です。この春、当館で開催された「香水瓶の至宝展」のチラシの片端にも、小さくそのマークが記されているのはお気づきになられましたか?

香水瓶ちらし表紙

↑ここです!

↑ここです!

パリ装飾美術館、ミュージアムショップのショー・ウィンドウもジャポン一色!

パリ装飾美術館、ミュージアムショップのショー・ウィンドウもジャポン一色!

今年2018年のフランスでは、各地で関連イベントが行われています。伝統芸能や現代演劇の野田秀樹や宮本亜門演出作品の上演や講演会等々、華々しい催しが盛りだくさんですが、もちろん美術館も例外ではありません。

魅力あふれる数多の展覧会の中でも、私が最も楽しみにしておりましたのは、11月中旬からパリ装飾美術館で始まりました「ジャポニスムの150年」展です。

貴重なパリ万博資料をはじめ、パリ装飾美術館や国立ギメ東洋美術館等のフランスの美術館が所蔵する日本美術コレクションや、日本美術に影響を受けたフランス人芸術家の作品、さらには現代日本の工芸品やドレスなどが、2000㎡を超える展示会場に陳列されています。約1400点というその膨大な出品点数たるや、どれほどのものであるのかがおわかり頂ける画像がこちらです。

展示室

展示室2

このような展示室がいくつも続きます! 一点一点をじっくりと見る場合、期間中に何度も足を運ばなくては、すべてを見終えられないでしょう。

そこで訪問第1回目は、限られた時間の中で、主要作品を中心に展示全体を見ようと努めました。とはいえ、当館所蔵の香水瓶でも人気の高い、宝飾デザイナーのリュシアン・ガイヤールが手掛けたかんざしは、その美しさに思わずため息が出て、時間を忘れて拝見してしまいました。

アール・ヌーヴォーを代表する芸術家として名を馳せたガイヤールは、植物の表現が実に巧みです。

リュシアン・ガイヤール《かんざし、スピノサスモモの花》1904年頃、べっ甲、ダイヤモンド、金、銀、パリ装飾美術館蔵

リュシアン・ガイヤール《かんざし、スピノサスモモの花》1904年頃、べっ甲、ダイヤモンド、金、銀、パリ装飾美術館蔵

こちらは、当館所蔵のヤグルマギクをモチーフにした、リュシアン・ガイヤールが手掛けた香水瓶。クラミー社、デザイン1913年。

こちらは、当館所蔵のヤグルマギクをモチーフにした、リュシアン・ガイヤールが手掛けた香水瓶。クラミー社、デザイン1913年

本展覧会は、その斬新な展示方法でも、学芸員としてはメモをとることしきりでした。例えばこちらはクリザンテーム、つまり「菊」をモチーフにした作品の展示室。展示台がアヴァンギャルドですね。

展示室3

まるで展示台が浮いているようです!

私が美術館を訪れたのは、来館者が比較的少ない平日の昼下がりでした。展示室を巡っていると、お話好きなパリジェンヌたちに何度も話しかけられました。そして、その度ごとに、ついつい長話……。本展覧会の訪問第1回目の時間は、あっという間に過ぎていきました。

しかしながら、美術鑑賞を通じて互いが身近に感じられる、日仏交流160周年という特別な年を満喫いたしました。

思いがけないちょっとしたおしゃべり、長い年数をかけて使用するからこそ起こる数々の故障類……、何をするにも予想外に時間がかかる、このフランス時間が、ときに人生には必要なのかもしれませんね。

 

クリザンテーム

 

この季節にぴったりの松かさをモチーフにしたデザイン。 リュシアン・ガイヤール《香水瓶、松かさ》1913年頃、ニース・フロール社、海の見える杜美術館所蔵

この季節にぴったりの松かさをモチーフにしたデザイン。
リュシアン・ガイヤール《香水瓶、松かさ》1913年頃、ニース・フロール社、海の見える杜美術館