こんにちは、学芸員のクリザンテームです。前回のコニャック=ジェイ美術館訪問と同様、今回もパリ・マレ地区での散策が続きます。
なぜならこの地区には、香水専門店をはじめとする魅力的なお店がひしめきあっているからです。
なかでも、エディション・ドゥ・パルファン フレデリック・マル社のブティックは、シックな黒い外観でひときわ異彩を放つ存在です。
(画像1)ブティック外観
フレデリック・マルについては、当館の企画展「香水瓶の至宝 ――祈りとメッセージ」の図録に収録されたマルティーヌ・シャザル氏の論文においても、新世代の香水アーティストとして言及されていますね。
彼が現代の香水界における革命児の一人といわれるゆえんを、私はブティックで改めて思い知らされることになりました。
まず驚くのは陳列された香水瓶がすべて同じデザインであること。しかもラベルには調香師の名前と香水名が併記されているではありませんか!
つまりここでは、調香師は決して影の存在ではないのです。あたかも本の著者名のように明記されているため、調香師名をたよりに香水を選ぶこともできるのです。
これでブランド名に冠せられた「エディション・ドゥ・パルファン」(エディションはフランス語で「出版社」)の意味にも納得させられます。
(画像2)ジャン=クロード・エレナ作『冬の水』エディション・ドゥ・パルファン フレデリック・マル社。
エレナは、エルメス社「庭園のフレグランス」シリーズで知られる調香師。ちなみにクリザンテームは
同シリーズ『李氏の庭』がお気に入り。
ところでフレデリック・マルが採用したもうひとつの斬新な手法、それは新たな香りを世に出す際にはマーケティングに依存せず、調香師たちが生み出したいと願う香りを製品化することでした。
あらゆる分野においてマーケティングが主流となった今日では、実に勇気あることと言えます。
ラベル上の調香師たちの名は、そのようなマルの潔さをも表しているのですね。
(画像3)調香師たちの肖像画がずらり。
シンプルを極めた香水瓶が置かれているのは、一転して個性豊かな空間です。
なんと壁も天井も鏡張りなのです。さらに有機的な形の木製キャビネットが設置されています。落ち着いた照明も相まって、SF小説で描かれる近未来へ来てしまった気がしてまいります。
(画像4)ブティックのインテリア。
私はこちらで香水専用試着室を体験いたしました。 「試着」とはいっても、ここで纏うのは服ではなく香水。 下の画像のようなキャビネットの中に香水を吹きかけて頂き、香りを嗅ぎます。
暗闇の中に立ち上る芳香。 一瞬にして言葉を失います。
嗅覚を研ぎ澄まして出会う香りは、かようにも雄弁であるのかと気づかされました。
クリザンテーム(岡村嘉子)
(画像5)「さあ、どうぞ」 ムッシューが香水試着室の扉を優雅に開けてくれます。照明の灯る右隣の棚は
温度を一定に保つ香水専用のカーヴです。
Remerciements
本記事執筆にあたり、ご協力頂きましたエディション・ドゥ・パルファン フレデリック・マル社のデルファン氏およびエリカ・ペシャール=エルリー博士に心より御礼申し上げます。Je tiens à exprimer mes remerciements à Delphin, Editions de Parfums Frédéric Malle et Dr. Erika Pechard-Erlih qui ont permis de réaliser cet article.