幸野楳嶺展 見どころ紹介

早いものでもう12月、幸野楳嶺展も終わりが見えてきました。
(※感染症対策のため、予定よりも早く休館に入る可能性もございます。
休館の情報はHPをご確認ください。)

直接足を運んでいただくのも難しくなりつつある昨今、ブログで展覧会を少しご紹介をできればと思います。

 

少し長いですが、動画でも見どころを紹介していますので、よかったらご覧くださいね。

「幸野楳嶺―京都近代画壇の開拓者―」展覧会紹介動画前半 – YouTube

 

「幸野楳嶺―京都近代画壇の開拓者―」展覧会紹介動画(後半) – YouTube

 

幸野楳嶺は幕末の京都に生まれ、主に明治期に活躍した画家です。竹内栖鳳や上村松園、菊池芳文など、多くの画家を育てたことでも知られています。

楳嶺は青年期に幕末の動乱を経験します。京都の町は蛤御門の変で焼け、楳嶺の生家も罹災。明治になると、天皇も京都から東京へと移り、さらに京都の町は火が消えたように活気がなくなったといいます。町の人々に絵を買う力はなく、楳嶺のような画家たちは苦しい時期を過ごすことになりました。

楳嶺は、京都府画学校(現在の京都市立芸術大学)を設立するために、京都の画家たちと共に奔走、ほかにも画派(絵画の流派)を超えた画家同士の交流をはかり、研鑽につとめるなど様々に活動をしますが、それは京都のそんな状況を打破するためということが大きかったと思われます。楳嶺が近代の京都画壇に果たした役割は大きく、今後ももっと注目されるべき画家と言えるでしょう。

今回の展示は楳嶺の社会的な役割はもちろん、楳嶺自身の作品についても作品を色々と展示していますので、展示の目玉&おすすめの作品をご紹介していきたいと思います。

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1989-028 馬猿図 幸野楳嶺 右隻 (2)

幸野楳嶺《馬猿図》1877年(明治10)

 

こちらの作品《馬猿図》、立派な屏風の作品です。不思議なもので、「古臭い作品だ」という人と、「斬新だ」という人と、感想が分かれます。

楳嶺の弟子、竹内栖鳳の作品などをよく知っている人からすると、古い時代の絵だな、と思われるかと思います。

栖鳳は日本画、つまり墨と顔料を用いて紙や絹に描く絵画に、に西洋の写実表現を取り込み、日本の伝統的な絵画に新たな息吹を吹き込んだ画家と言われています。若い時期には、様々な流派の描き方を一つの絵に用い、「鵺派(鵺は様々な動物のパーツをあわせもつ妖怪)」と揶揄されたこともありました。

楳嶺は、そんな栖鳳の鵺派的な表現について「この頃栖鳳は妙な絵を描きおって…」と言っていたと伝えられています。なので、つい、そうしたいくつもの流派表現を用いる挑戦的な絵画は、栖鳳が真っ先に始めたことなのだと思いがちです。しかし、この《馬猿図》などを見ると、手触りが感じられるような猿の緻密な筆による毛並みの表現がある一方で、強い筆の打ち込みを伴う馬の体躯の線が見られ、まったく異なる描き方が一つの作品に共存しており、そこには伝統だけにとらわれない精神があるようにも見えます。この展覧会を企画するまで、私は楳嶺という画家を、少なくとも描いている絵に関しては「栖鳳以前」の画家、京都の美術の「近代」が始まる前の画家だと思っていたのですが、今回、作品を見ていくうちに、時代を読み、新しいことをしようとしている画家だとすぐに考え直すことになりました。その「新しさ」が何なのか、今回はっきりと正体をつかめなかったのですが、ぜひ今後も考えていきたいところです。もし会場に足をお運びの際は、ぜひ皆様もじっくり作品を見ていただきたいと思います。

 

あとは、ご来館の皆様&当館のスタッフにとても好評な作品《煎茶筵帖》をご紹介します。

東本願寺で開催された煎茶会の記録と伝えられているこの作品は、その時の室内のしつらえを描いたもの。丁寧な線できっちりと道具類の数々を描いており、線を追っているとじっくりとその道具を愛玩しているような気持になります。実際に開いて展示できるのは1図なのが残念なのですが、どの頁も大変素敵なので、ここではご紹介いたします。

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幸野楳嶺《煎茶筵帖》1876年(明治9)

 

小さな画帖ですが、実際にあったことを記録するという面においての楳嶺の優れた能力、このような道具類を描く際に、描き方を的確に選ぶことができたという画家としての資質も見て取ることができるでしょう。優れた画家とはどういうものか、改めて考えたくなる一冊というと大げさですが、私にとっては激しい個性や奇抜さばかりが画家の特性やすぐれた点ではない、と思わされる作品です。

最後に、幸野楳嶺が持っていた絵の資料からお気に入りの画像を。

《諸州異形禽獣図》_0003 (2)

《諸州異形禽獣図》

 

画塾で多くの弟子をもっていた楳嶺は、自分と弟子のために多くの絵を描くためのお手本を集めて、管理していました。これはその資料の中にあった絵で、展覧会でも展示しています。「これは何ですか?」と聞かれますが、「よくわからないです…」とお答えするよりほかはなく…。実際に作品を作る際にこれを使ったかはわかりませんが、色々な風景や、動物、鳥や花、人物の描き方のお手本に加えてこういう絵も集めていたところに、楳嶺のマジメさを感じる大好きな一枚です。

 

会期も残り少なくなりましたが、この展示で楳嶺の世界に触れていただければ幸いです。

 

森下麻衣子

 

 

 

 

うみもり香水瓶コレクション5
18世紀と20世紀のハトの口づけ香水瓶

こんにちは。クリザンテームこと、特任学芸員の岡村嘉子です。窓越しから眺める庭の木々の葉がすっかり舞い落ちると、これまで清らかな声はすれども姿は見えずといった、葉かげの鳥たちがその姿を現わすようになります。光射し込む冬の済んだ空気の中を、枝から枝へと自由に飛び回る彼らを見るのが、パソコンに向かって疲れた目を休めるのに格好のひとときとなっています。

そこで、今月のうみもり香水瓶コレクションは、数多存在する鳥の中でも、人間の暮らしにとって常に身近にあったハトをかたどった香水瓶を取り上げたいと思います。

西洋の香水瓶でハトが題材となる場合、ある決まった型がよく用いられます。それは、二羽のハトが仲睦まじく嘴(くちばし)を寄せ合う「ハトの口づけ」です。とてもロマンティックなモチーフですが、時代を追っていくつもの香水瓶を見てまいりますと、それぞれがときの価値観を反映して、表現が異なっているのがわかります。今回はその代表的な例として貴族社会が繁栄していた18世紀中葉の作品と、第二次世界大戦を経験した直後の20世紀中葉の作品をご紹介したいと思います。

まず、18世紀のこちらの香水瓶から。👇

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《双口セント・ボトル》 イギリス、セント・ジェイムズ、1755年頃、軟質磁器、金、海の見える杜美術館所蔵 DOUBLE SCENT BOTTLE, England- SAINT JAMES, C.1755, Soft paste porcelain, gold, Umi-Mori Art Museum,Hiroshima

18世紀の装飾芸術において、愛は重要なテーマのひとつでした。本作品の中央に配された二羽のハトを囲む咲き誇るバラの花は、言わずと知れた愛を象徴する花。その馥郁たる香りが漂うなか、二羽は口づけを交わしています。二羽の側に配された香水瓶の蓋部分には、愛の結晶たる三羽の雛鳥もいます。そのうちの二羽は親鳥を真似て口づけをしているのがほほえましいところ。ハトは古今東西の様々な象徴となってまいりましたが、ここではとりわけギリシャ神話に由来する子孫繁栄や豊穣の象徴として親しまれていたことを思い出させてくれます。

そして、香水瓶の表面に施された色鮮やかな薔薇色や緑のグラデーションが、二羽の親ハトが生み出す明るく甘美な世界を、一層印象深いものとしています。この繊細な色調は、イギリスの軟質磁器ならではのもの。幾世紀ものあいだ、はるか遠い中国や日本の伊万里から輸入しないかぎり入手できなかった貴重な磁器が、開発の末にようやくヨーロッパの地でも製造が可能となったのは、18世紀初頭のことでした。以後、ヨーロッパ各地で、磁器製造が盛んとなりますが、イギリスはドイツ、フランスに遅れて18世紀半ばにその製造に成功しました。したがって本作品は、イギリス磁器の黎明期(れいめいき)を語る貴重な作品のひとつともなっています。

次にご紹介するのは、こちらの香水瓶です。👇

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ニナ・リッチ社 香水瓶《2羽のハト》 デザイン:マルク・ラリック、1951年、透明クリスタル、海の見える杜美術館所蔵 COLOMBES FLACON, Nina Ricci, L’AIR DU TEMPS 1948, Designs by Marc LALIQUE – 1951, Transparent crystal, Umi-Mori Art Museum, Hirosima

ニナ・リッチ社を代表する香水「レール・デュ・タン」は、1951年にその装いを新たにした香水瓶を発表しました。新デザインを担当したのは、ガラス工芸家ルネ・ラリックの息子、マルク・ラリック。彼はそこで18世紀に流行した「ハトの口づけ」のモチーフを再解釈します。18世紀に花咲ける園で愛を確かめ睦び合っていた二羽のハトは、20世紀中葉には、翼を広げてともに世界の空へと羽ばたいていくことになったのです。

透明クリスタルの煌きが、どこまでも澄み渡る大空や大気、そして二羽のハトの心を物語るかのようです。第二次世界大戦を経て、傷ついた心を抱えながら、それでも新たな世界への希望を持ち続けようとする祈りにも似た時代の空気をここに感じるのは私だけでしょうか。この香水瓶を眺めていると、白いハトがキリスト教美術では、常に純潔や聖霊、平和の象徴であったことや、日本においては神の使いとして神聖視されていたこと等が思い出され、師走を迎えつい慌ただしくなりがちなこの季節に、清らかなものに触れてほっと一息、心が解き放たれる気がするのです。

岡村嘉子(クリザンテーム)

 

 

 

 

ミュージアムショップはクリスマス

海の見える杜美術館 ミュージアムショップ (2)

ミュージアムショップはクリスマスの飾りつけになりました。

海の見える杜美術館 ロビー (1)

12月27日まで開催している「近代京都画壇の開拓者 幸野楳嶺」展 にお越しの際は、

海の見える杜美術館 ミュージアムショップ (1)

ミュージアムショップで幸野楳嶺グッズもお楽しみください。

インスタグラムYouTubeで出品作品を公開していますので是非ご覧ください。

さち