『蘇州版画 東アジア印刷芸術の革新と東西交流』が刊行されます

昨年の展覧会「蘇州版画の光芒―国際都市に華ひらいた民衆芸術―」の記念講演会「中国版画研究の現在」の発表を軸に構成された論文集、『蘇州版画 東アジア印刷芸術の革新と東西交流』が勉誠社から出版されます。

以下出版社HPより

芸術文化の古い歴史を持ち、経済的繁栄をきわめていた17、18世紀の中国・蘇州市に生まれた「蘇州版画」。
吉祥的な画題のみならず、教訓、歴史故事、名所旧跡、通俗文学や詩の絵解きなどさまざまな題材をとり上げ、当時の都市のにぎわい、市民の暮らしぶりを大きな画面に描き伝える貴重な視覚資料でもある。
技法も多彩で、濃淡の墨摺にはじまり、複数色の色刷り、さらに手彩色によって色数を増やし、また、舶載された西洋銅版画などの陰影法や透視図法も積極的に応用する。
これらの蘇州版画は、江戸時代には長崎に大量にもたらされ、ヨーロッパにも輸出されて宮殿の室内を飾り、美術工芸品への応用が注目されてきた。
近年新たな発見や蒐集が進み、内外で学際的な関心の対象として注目を集めている蘇州版画。
中国版画史を突出して彩るその歴史と世界的広がりを、国内外の第一線の論者が多数の図版を交えて明らかにする貴重な一書。

予約販売が始まっていますので、ご興味のある方は是非お申し込みください。

蘇州版画 [978-4-585-32541-3] – 3,520円 : 株式会社勉誠社 : BENSEI.JP

さち

うみもり香水瓶コレクション 28  食材をモティーフにした香水瓶

こんにちは。前回は「チューリップに蝶」と「サクランボに鳥」が表現された作品をご紹介しましたが、今回は「エンドウマメに小鳥」が組み合わされた作品等をご紹介します。こちらは、ただいま企画展示室で行われている、飲食をテーマにした展覧会「美酒佳肴 ――絵で味わう美きもの――」に合わせて、香水瓶展示室に陳列している作品です。

 正直なところ、本作品は展示室で陳列する際に、いささか苦労します。というのも、形状がエンドウマメそっくりに作られているため、そもそも直立する形をしていないからです。そのため、裏側からしっかりと支える専用の台などを駆使して陳列しています。しかし、この香水瓶らしからぬ形状ゆえに、遊び心が刺激され、愛着が湧く作品といえます。可愛い上に、機知に富んでいて楽しいのです!

 例えば、下部に顕著に見られる、丸い膨らみ。表面のこの凹凸は、いかにも莢のなかに丸くふっくらとしたマメがあるかのような、巧みな表現です。

↑ この部分です!©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima 

 しかも、ただ単に実物に似せるのではなく、エンドウマメの愛らしい花を描き、周囲を丹念に彫った金で縁取るという、優美で気品ある仕上げがなされています。さらに栓には、純白の小鳥を配して、「マメをついばむ鳥」という物語性まで付け加えられています。

 この小鳥は、イギリスの名窯、チェルシー磁器工房が手掛けています。つまり本作品の洗練された愛らしさは、金細工、エナメル〔七宝〕細工、磁器という構成要素全てにおける、卓越した質によるところも大きいのです。

 また主題が、フランスで「緑色のきれいな真珠」とも称されるエンドウマメであることも、本作品が品格を感じさせる理由でしょう。かのルイ14世(1638-1715)は、エンドウマメを愛し、このマメの流行を引き起こしました。当時は、料理はもちろんのこと、ドレスなどの衣服にエンドウマメの図柄が用いられました。従って、18世紀半ばにイギリスで製作された本作品は、おそらくこの流行の影響を受けていると思われます。

 エンドウマメの歴史は古く、すでに1万年前から存在していたともいわれています。少なくとも古代エジプトや古代ギリシャには、食用とされた記録があり、世界最古の農作物のひとつと考えられています。中世まではエンドウマメを乾燥させて食べていましたが、以後は様々な状態で使われるようになったことで、世界各地の美味しい料理の食材となっています。思いつくままに挙げてみても、ポタージュにサラダにお肉料理の付け合わせに、あるいは中華料理にも欠かせない存在ですね。

 日本ならではのエンドウマメの使い方といえば、甘党の私としては、うぐいす餡や甘納豆が真っ先に浮かびます。日本における本格的なエンドウマメの栽培は、明治以降のようですが、既に9~10世紀には遣唐使によって中国から伝わったことがわかっています。

 このようにエンドウマメが古今東西で愛されているのは、やはり風味豊かでとろけるような味ゆえのことでしょう。エンドウマメ特有の味のまろやかさを、本作品は繊細な色彩と流麗な花模様、そして精緻な金細工によって余すところなく表現しています。

 さて香水瓶展示室では、松かさをかたどったこちらの作品も展示しています👇

 アール・ヌーヴォーを代表する芸術家であり宝飾品製造者のリュシアン・ガイヤール(Lucien Gaillard 1861-1942)が手掛けた作品です。栓にはプレス成形した松かさが、曇りガラスの瓶にはガラスと茶色パチネで立体感を出した松かさの帯飾りが施されています。詩情をたたえた美しさとでもいうのでしょうか、この静かな佇まいに、いつもはっと息をのみます。

 ところで、古代の香りについて調べる際に、私は古代ギリシャの名著、ディオスコリデス(Pedanius Dioscorides)の『薬物誌』をしばしば紐解きます。1世紀に書かれた本書には、松かさについても詳しい記述があります。それによると、きれいにした松かさを食べたり、干しブドウ酒とキュウリの種とともに服用したりすると、膀胱や腎臓の周囲の疝痛を和らげる、とか、新鮮な松かさを丸ごと粉砕して干しブドウ酒で煮たものを毎日同量摂取すると、慢性の咳に効果がある等々、様々な効能が記されています。

 ただいくら効き目があるとはいえ、今の時代に、洗った松かさをバリバリと召し上がられる方(想像するだけで、ちょっとおののきます)は稀有と存じます。しかし、松かさのなかの松の実でしたら、はるかに身近な存在ですね。ジェノヴェーゼに錦松梅にと、洋の東西を問わず数々の料理で日頃口にする食材です。ディオスコリデスはこの松の実に関しても、体を温める作用や、咳や胸部の疾患への効能を詳述しています。

 本作品は、食欲すらも一瞬忘れそうな静謐な香水瓶ではありますが、滋味深い松の実の造形ゆえに、飲食がテーマとなればやはり欠かすことのできない作品です。

岡村嘉子(特任学芸員)

追記:今回のエンドウマメに関する記述には、フランスの友人で文化ジャーナリストのジャン=リュック・トゥラ=ブレイス(Jean-Luc Toula-Breysse)の著作、Les nouilles coréennes se coupent aux ciseaux : Miscellanées gourmandes et voyageuses を参照しました。本書には、丁寧で読みやすい日本語訳も出版されています 👇

Photo ©Yoshiko Okamura

 「エンドウ」や「塩」をはじめとする、本書に収録された食材の特徴や調理法、使われ方や逸話は、世界の歴史や多様な文化についての理解を深めてくれるものです。博覧強記のジャン=リュックでなければ決して完成しえなかった大著です。

邦訳:ジャン=リュック・トゥラ=ブレイス『イラストで見る 世界の食材文化誌百科』土居佳代子訳、原書房、2019年12月。

原書:Jean-Luc Toula-Breysse, Les nouilles coréennes se coupent aux ciseaux : Miscellanées gourmandes et voyageuses, Arthaud, Paris, 2017.

「美酒佳肴」展、引き続き好評開催中です

9月9日の重陽の節句も過ぎたというのに、まだまだ真夏と同じ暑さが続く日々に驚かされます。

以前よりも秋が短くなった昨今ですが、巷にはイチジクや葡萄、梨など、晩夏から秋の果物が出回っていますね。

9月17日は中秋の名月(旧暦8月15日の十五夜)。

お月見には月見だんごが思い浮かびますが、この時期に穫れる里芋などの芋類がよくお供えされたため、中秋の名月は「芋名月」とも呼ばれます。

秋に河川敷で芋煮会をする東北・山形出身の私の実家でも、毎年中秋の名月には里芋がお供えされていたのを思い出します。

ちなみに旧暦9月13日の十三夜は、「栗名月」や「豆名月」と呼ばれます。芋名月と同じように、この頃に穫れる栗や豆がお供えされたため名付けられたそうです。

(余談ですが、私の実家では十三夜には栗がお供えされていました。)

十三夜は、秋が深まり涼しくなって空気が澄むため月がよりきれいに見えるともいわれ、満月よりも少しだけ欠けた月の方が趣深いと、こちらも名月として名高いものです。

   

さて、展覧会の会期も残すところあと10日ほどとなりました。

先日、果物を描いた中国版画作品や、魚を描いた歌川広重や大野麥風の版画作品の展示替えを行いました。また新たに展示された作品もご堪能ください。

左より 歌川広重《縞鯛・あいなめに南天》天保(1830~44)後期頃 海の見える杜美術館
      《かながしら・木の葉鰈に笹》天保3~4年(1832~33)頃 海の見える杜美術館
 大野麥風《大日本魚類画集 第4輯第2回「アイナメ」》昭和15年(1940)10月 海の見える杜美術館                      

また、当館の竹内栖鳳コレクションをご紹介する「竹内栖鳳展示室」では、「栖鳳作品に見る食の文化」をテーマに、栖鳳が絵付けした鉢や茶碗、猪口などのほか、食に関する作品を併せて展示しています。

スケッチ帖や習作として描かれた魚や野菜を描いた作品からは、栖鳳の鋭敏な感性が感じられます。栖鳳が日常目にしたのであろう身近な食材が、何気なくさらりと描かれています。京都の料亭「亀政」の長男として生まれた栖鳳は、幼いころから食文化に親しんできたのでしょうね。

栖鳳が絵付けをした猪口
左より《酒猪口 虎》《酒猪口 鰹》《酒猪口 鶴》大正8年(1919) 海の見える杜美術館
竹内栖鳳《習作》制作年代不詳 海の見える杜美術館

「美酒佳肴」展は9月23日(月・休)までです。

秋晴れの空のもと、遊歩道の散策が、少しずつ気持ちの良い季節になってきました。うみもりテラスからの眺めも、空気が澄んできてまた格別です。ぜひ展覧会とあわせてお楽しみください。

次回展「誘惑する風景―近代日本画探索―」が10月12日から開催予定です

今年の夏は夏好きにとってもなかなか手ごわい暑さで、秋の訪れを待ち遠しく思う今日この頃です。

少し先の展覧会のお知らせですが、海の見える杜美術館では10月12日から、冬季企画として「誘惑する風景―近代日本画探索―」展を開催いたします。当館が所蔵する近代作品の中から、風景を描いた作品をご紹介する企画…の予定です。

風景画、というと、どこが描かれているのか、そこに何があるのかを見るのも楽しみの一つですが、今回の展覧会では「なぜその風景がその時代に描かれたのか」という点も考えてみたいと思っています。

高橋史光 《室の津》1931年(昭和6)頃

今回の展覧会でも、近代の画家たちの力作が並ぶ予定です。是非ご覧いただきたい作品がいくつもありますが、高橋史光の《室の津》もそのうちの1点です。

高橋史光(1897~1970)は帝展を舞台に活躍した京都の日本画家で、この作品は兵庫県室津を描いたものと考えらえる作品です。これは第12回帝展に同画家が出品した《室の津》と同じ題材、同じ図様の作品です。明るい色彩と緻密な描写、細やかに描かれた女性たちの生活の様子や花々など、見ていて飽きない魅力的な作品です。

本作品はじめ、当館が所蔵する近代の風景画作品の数々をご紹介する予定です。現在の展示「美酒佳肴―絵で味わう美きもの―」もご好評いただいておりますが、次回展もよろしくお願いいたします。

※高橋史光画伯の作品について、現在著作権保護期間中ではありますが、今回、文化財の公開の目的のもと、本ブログ記事に掲載させていただきました。高橋史光画伯の著作権継承者の方は、お手数ではありますが、当館(mail:info@umam.jp ℡:0829563221)までご連絡くださいますようお願いいたします。