日の出の富士を背景にして、七福神が飛行を楽しんでいます。富士山と太陽の場所そして遠方に見える岩肌からすると、ここは湘南の海岸なのだろうかと想像が膨らんできます。
気球・飛行船・プロペラ機が飛んでいます。恵比寿が操縦している飛行機はブレリオをベースにしているようにも見えますね。詳しくは5月18日投稿の「引札 空を飛ぶ七福神」を参考にしていただきたいのですが、1910(明治43)年12月、日本人による動力付き飛行機でのフライトが成功し、翌1911(明治44)年には海外から多くの飛行家がやってきて全国各地で⾶⾏会が開催され、志賀直哉や石川啄木らが飛行機を題材にした文章や詩をつくるなど、この頃日本では飛行機のブームが起きました。この引札には制作年代が記されていないのですが、引札には流行の風俗が描かれたことを思えば、1911-12(明治44-45)年頃に作られたものなのかもしれません。
この引札は、おめでたい図柄で満ちています。日の出・富士・鶴・旺盛な交易を暗示する各種の船・空高く飛ぶ飛行機・七福神、もう少し詳しく見てみると、恵比寿が操縦している飛行機は、胴体が算盤・翼は百億円札・尾翼は江戸時代のお金にまつわる分銅金の形をしています。また、翼の紙幣の上部には「日本帝国万歳号」、四方に「福」の字が記され、中央の数字「百億円」の下には朱印で「寿」、紙幣の番号は753(いろいろな伝承がある吉祥の数字)、そして透かしには大黒の顔が入っていて、どこまでも商売繁盛と幸せを寿ぐ機体となっています。
また、この引札には辰口鉱泉の効能書が、添付されています。いろいろな病気が治りそうですね。当時の人々はこのような表記を参考にして療養に訪れたのかもしれません。
この引札をお得意様に配ったのは、「石川県能美郡辰ノ口鉱泉所 鉱泉御宿 田川五三郎」。明治32年10月30日の北国新聞の番付(※1)には、加越能三州(※2)の宿屋の前頭として堂々の最上段に名前が記されています。また辰口という地域では筆頭の宿屋とわかります。
この引札は、その大人気の宿屋「田川五三郎」が年の瀬あるいは新年に、お得意様に配ったものです。
引札の挨拶文にはこのように記されています。(/は改行)
「恭賀新年/併而御尊台之祈萬福/旧年中はご愛顧を蒙り難有奉源/謝候当本年も御入浴の節は不相替/御来宿之程奉希上候 敬白」
簡単に訳してみると
「恭賀新年 あわせてあなたの万福をお祈りいたします。旧年中はご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。本年もご入浴の節は変わらず当宿へお越しくださいますよう切に願っております。 敬白」
という感じでしょうか。
なお、「鉱泉御宿 田川五三郎」は、辰口温泉「たがわ龍泉閣」として現在も営業がつづいています。
辰口温泉は開湯1400年の歴史ある名湯で、現在のたがわ龍泉閣には田んぼの真ん中から湧き出た源泉を利用している北陸最大級の混浴露天”田んぼの湯”ほかいくつもの湯があるうえ、温泉には今も昔と変わらない効能があるようです。(以下たがわ龍泉閣HPより)
温泉:辰口温泉
泉質:塩化物泉
効能:神経痛リュウマチ/外傷骨折火傷/痔/婦人病/病後回復ストレス解消/運動機能障害/関節痛/筋肉痛/五十肩/消化器/神経痛/創傷/打ち身/動脈硬化/冷え性など
この引札をいただいたお客様の気分になって、訪ねてみてはいかがでしょうか。体調が回復し、日頃のストレスも発散して爽快な気分になることは間違いないと思います。
海の見える杜美術館では下の通り「引札」の展覧会を開催します。本展は、海の見える杜美術館所蔵の2000点を超える引札の中から約 150 点を選びだし、明治期の引札の魅力を紐解いてゆきます。目くるめく引札の世界をぜひお楽しみください。
【展覧会名】 引札 新年を寿ぐ吉祥のちらし
【会 期】 2021年11月27日(土)〜2021年12月26日(日)
【休 館 日】月曜日
【会 場】 海の見える杜美術館(広島県廿日市市大野亀ヶ岡10701)
※1. 「たがわ龍泉閣」様よりご提供いただきました。
※2. 加賀(石川県南部)、越中(富山県)、能登(石川県北部)3国にまたがる前田氏の旧所領
青木隆幸