うみもり香水瓶コレクション27   香水瓶の花鳥表現

《セント・ボトル》イギリス、チェルシー、1758年頃、軟質磁器、金属に金メッキ、海の見える杜美術館 SCENT BOTTLE, England, C.1758, Soft paste porcelain, gilt metal, Umi-Mori Art Museum, Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima 歌川広重 《牡丹に蝶》横大判、天保3-4年 (1832-33)頃、丸屋甚八、海の見える杜美術館 

 こんにちは。現在、海の見える杜美術館の企画展示室では、「百花百鳥 うみもり・うるわしの花鳥版画 」と題した、当館が所蔵する近世から近代にかけての花鳥版画を集めた展覧会を開催しています。それに合わせて、香水瓶展示室でも花鳥表現による香水瓶を展示しています。

 例えば、企画展出品作の歌川広重《牡丹に蝶》にならって、「チューリップに蝶」と称したくなる上の画像の作品。こちらは、18世紀半ばのイギリス、チェルシー磁器工房による作品です。ヨーロッパでは、こうした花に誘われた蝶の表現が、香りの優雅さを造形で伝えるために使われました。たしかに本作品も、磁器の鮮やかな色調もあいまって、気品ある瑞々しい花の香りが漂ってくるかのような作品です。

 ところで、抽象表現、具象表現、細密表現等々、世には様々な表現がありますが、この「花鳥表現」に私は、理屈抜きでとても惹かれます。静かな展示室でその表現に行き合うと、動植物のかすかな息遣いをふいに耳にした気がして、立ち止まらずにはいられません。そしてしばし作品を見つめていると、自分自身の呼吸も穏やかに整っていくのを感じます。それゆえ、私にとっては平穏さをもっとも味わえる表現の一つです。

 そのため、この度、香水瓶と花鳥版画を組み合わせることを(香水瓶展示室のある1階と企画展示室の2-3階と、展示室自体は離れていますが)、個人的に非常に楽しんでいます! とりわけ当館は、浮世絵における花鳥画のジャンルを確立した歌川広重の国内最大規模の花鳥版画コレクションを有します。ですので、いわば傑作ぞろいの展示室となっているため、好奇心が刺激され、日欧の花鳥表現をあれこれ比較してみたくなるのです。

 冒頭の「チューリップに蝶」に限らず、もともと自然に基づくテーマを好むイギリスでは、香水瓶にも多くの花鳥表現が見られます。とくに18世紀は、動植物をかたどった繊細な色調の磁器製香水瓶が、盛んに製造されました。

 こちらの作品は、桜の木の上でサクランボをついばむ鳥を表現したチェルシー磁器工房のセント・ボトルです。

《セント・ボトル》イギリス、チェルシー、1755-58年、軟質磁器、金、海の見える杜美術館 SCENT BOTTLE, England, 1755-58, Soft paste porcelain, gold, Umi-Mori Art Museum, Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima 

 しかしながら、どうしても気になってしまうのは、この鳥の種類です。オウムに似た色鮮やかな尾長の鳥で、南国を思わせますね。体長もかなりありそうです。一体、どのような鳥なのでしょう?

 多くの国民が春の風物詩として桜を愛するこの日本では、町でも野でも山でも、至る所で桜を目にする機会に恵まれます。当館の庭にも、全国から移植された10種類以上の桜の木があり、日ごろから馴染み深い樹木といえばやはり桜が真っ先に浮かびます。これほど桜に親しみながらも、私はいまだかつて、桜の木にこのような南国風の大きな鳥が憩っているのを目にしたことはありません。本作品の制作地イギリスも、日本より北に位置しますので、同様と思います。つまり、改めてじっくりと見てみると、桜と鳥のこの組み合わせは、とても奇異なのです! そして、ここにこそ、日本の花鳥版画における表現との違いがあるといえるでしょう。

©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima  思いのほか、食いしん坊です(笑)。

 江戸時代中期以降の日本の花鳥版画は、八代将軍徳川吉宗が推奨した本草学や、博物学の成果を取り入れながら発展しました。ゆえに、丹念な自然観察に基づく表現が多く見られます。それに対し、ヨーロッパの18世紀の磁器の花鳥表現には、写生を逸脱した、幻想的な表現がしばしば登場します。もちろん、イギリスが属するヨーロッパには、古代ギリシャに始まる博物学の伝統がありますので、その正確な自然観察が、とくにルネサンス以降の芸樹作品に大いに活かされてきました。しかし、こと磁器の図柄、とりわけ18世紀のものとなると、そこにあえて幻想的なアレンジをすることが好まれたのです。以前このブログで取り上げたマイセン磁器の図柄に、なんとも奇想天外な想像上の生き物が描かれていたことと同じですね。現実世界ではお目にかかれない動植物やその組み合わせによって、異国情緒あふれる想像上の楽園が表現されているのです。従って本作品は、そのような当時の人々の夢見た世界を今に伝える《セント・ボトル》です。

 では最後に、現代の花鳥表現をご紹介いたします。今回出品したのは、ラリック社の2003年の限定エディションの香水瓶です。

ラリック社、香水瓶《バタフライ》2003年限定エディション、2003年、透明クリスタル、海の見える杜美術館 LALIQUE, BUTTERFLY FLACON, France, 2003,Transparent crystal , Umi-Mori Art Museum, Hiroshima ©海の見える杜美術館、Umi-Mori Art Museum, Hiroshima 

 本作品では、2匹の蝶が、ダリアの花の蜜を吸う様子がかたどられています。本作品が見事なのは、本体のクリスタルの透明部分と半透明部分を交差させることで、ダリアの花のボリューム感や立体感を強調している点です。しかも本作品では、クリスタルから透ける香水が、あたかも蝶が懸命に吸う芳醇な密そのもののように見える機知に富んだデザインとなっています。

 ぜひ企画展と合わせて、香水瓶の様々な花鳥表現もお楽しみくださいませ。

 ところで本展示に先立って、新たに収蔵された香水瓶の写真撮影を行いました。撮影をご担当下さったのは、前回同様、東京のエス・アンド・ティ・フォト S&T PHOTOの大塚敏幸氏と尾見重治氏です。

 香水瓶は立体物ですので、ちょっとした角度やライティングで作品の表情が一変します。多種多様な道具を駆使しながら、作品の質がもっともよく表れた瞬間を絶妙に捉えて、次々と写真に収めていかれる様に、ひたすら感服いたしました!

両氏による写真に支えられて、今後も香水瓶の魅力をお伝えしていきたいと思います。

岡村嘉子(特任学芸員)

展覧会情報: 百花百鳥 うみもり・うるわしの花鳥版画 

[会期]2024年6月1日(土)〜2024年7月15日(月・祝) [開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで) [休館日]月曜日(ただし7月15日(月・祝)は開館)