展覧会の一枚《鞍馬寺縁起絵模本》

6月7日より開催の次回展「信仰と美術Ⅱ 仏と神のすがた」には、日本各地に見られる信仰の様子を表した作品が数多く出品されます。
こうしたなかには、山岳信仰と関わりのある作品がいくつも見られます。

霊山(れいざん)と称される山岳の多くは、外来の宗教である仏教と、在地の神を崇拝する神道とが複雑に混じり合うことで、独自の宗教空間を形成していました。
本展覧会の前期に展示いたします《鞍馬寺縁起絵模本(くらまでらえんぎえもほん)》は、そうした山岳信仰の場のなかで生まれた作品です。

20140521 展覧会の一枚《鞍馬寺縁起絵模本》 (2)
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《鞍馬寺縁起絵模本》は、京都北部にある鞍馬寺(くらまでら)を描いた作品です。
鞍馬寺は宝亀(ほうき)元年(770)、鑑真(がんじん)の弟子・鑑禎(がんてい)が夢に見た霊山に毘沙門天(びしゃもんてん)像を奉(まつ)ったことより始まったと伝えられ、王城(おうじょう)、すなわち天皇のいる都(みやこ)を護(まも)る寺として、古くから信仰を集めてきました。
この作品には、鑑禎による毘沙門天像奉納に至る由縁(ゆえん)や、伽藍(がらん)創建の経緯、そしてこの寺にまつわる逸話やご利益などが描かれています。

20140521 展覧会の一枚《鞍馬寺縁起絵模本》2

実際の画面を見てみましょう。
これは、鑑禎が鞍馬山に毘沙門天像を奉ったいきさつを描いた場面です。
お話は、上の画像にふった番号のとおりで、
①   鑑禎が山中で鬼に遭遇する
②   錫杖で鬼を刺そうとするが、噛み砕かれる
③   鑑禎が木の洞の中で念じると、朽木が倒れて鬼を圧し殺す
④   翌朝、鬼を踏みしだく毘沙門天像が現れる
⑤   庵を建てて毘沙門天像を奉納する
といった具合に進んでいきます。
ひとつの画面に同じ登場人物が何度も登場しているのがわかりますね。
これは「異時同図法」と呼ばれ、絵巻物や物語絵によく見られる技法です。
この作品には、大きく分けて4つの物語が描かれており、そのいずれもがこの異時同図法が用いられています。
ある意味、現在のマンガの原型といえるかもしれません。

ところでこの作品は、画題に「模本」とあるとおり、江戸時代に模写されたものです。
もととなった作品は鎌倉時代に描かれましたが、残念ながら焼失してしまいました。
この《鞍馬寺縁起絵》の模本は、当館の所蔵作品を含め、わずかに2点のみが知られ、現在では見ることのできない原本の様子を知るための貴重な資料となっています。

この作品は、高さ2メートル以上にも及ぶ大きな画面に、鞍馬寺にまつわるエピソードが細かくちりばめられ、豊かな物語性を持っています。ぜひ展覧会場でお近づきになってご覧いただきたい作品です。

田中伝