作品紹介 土佐光起筆《三十六歌仙画帖》のうち「小野小町」

杜の遊歩道では桜が満開を迎え、早くもはらはらと舞い始めました。つぼみの時も、満開も、そして散っている姿も目にしたいと、桜の時期はいつもそわそわと落ち着かないものですが、それは『古今和歌集』にある在原業平の和歌「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」に見るように、平安の昔から同じだったようです。

さて今回は桜にちなんで、小野小町の絵をご紹介いたします。

土佐光起筆《三十六歌仙画帖》のうち、小野小町 江戸時代・17世紀 海の見える杜美術館蔵土佐光起《三十六歌仙画帖》のうち「小野小町」 江戸時代・17世紀 海の見える杜美術館蔵

色鮮やかな色紙に書かれた小町の和歌と、小町の肖像が組み合わされています。色紙にあるのは『古今和歌集』にある小町の和歌「色みえでうつろうものは世の中の人の心の花にぞありける」。人の心に咲いた花は、普通の花とは違って知らないうちに色を変えていくものだ、と、恋人の心変わりを嘆いた和歌です。

絵を見てみましょう。絹の地に、大変緻密な筆致で描かれています。「絶世の美女」「恋多き女」として知られた小町のイメージに相応しい華やかな装束です。細やかに描き込まれた衣の柄に注目してみると、桜の模様であることがわかります。★ 三十六歌仙画帖 土佐光起_0094 2

小町の和歌としては、本作の「色みえで・・・」のほかにも、百人一首にもとられた「花の色は移りにけりないたずらに我が身世にふるながめせしまに」が良く知られています。この歌は、若い美貌が恋や世事に思い悩むうちに衰えてしまったことを、春の雨に打たれ色あせてしまった花にたとえています。花とはつまり、桜です。この和歌を背景に、小町=美女=桜という連想は非常に強く結びついたようで、三十六歌仙などの歌仙絵に描かれる小町の着物の柄は、本作のように桜の模様であることが一般的です。

 

勝川春章による版本『三十六歌仙』に描かれた小町も、こちらは立ち姿ですが、やはり桜模様の衣を身につけています。勝川春章『三十六歌仙』 天明九年(1789)刊

さて、ここで紹介した2点は、秋に開催予定の歌仙絵をテーマにした展覧会で展示する予定です。土佐光起筆《三十六歌仙》は残念ながら画面に汚れがあり、台紙にも損傷があるのがご覧いただけると思います。こちらは現在修復中で、展覧会会場ではさらに美しくなった姿をお披露目できると思います。どうぞご期待ください。

桜の盛りの美しさは、それが瞬く間に去りゆくものであるからこそ際立つのでしょう。小野小町は優れた歌人であり、また絶世の美女として賞賛されますが、一方で、その美しさを失って放浪する老婆としての小町説話も語られるようになります。展覧会ではできれば老いた小町のイメージもご紹介したいと思っています。

 

谷川ゆき