展覧会
歌仙をえがく -歌・神・人の物語
【趣 旨】
このたび、海の見える杜美術館では「歌仙をえがく-歌・神・ひとの物語」展を開催いたします。
三十一文字に豊かな世界を詠む和歌は宮廷文化の基盤を支え、書や絵画など多様な視覚芸術を生み出してきました。そのひとつに、優れた和歌を詠んだ歌人を「歌仙」と呼び称揚し、その肖像を描く歌仙絵があります。歌聖とあがめられた万葉の歌人、柿本人麻呂にはじまり、『古今和歌集』の仮名序にあげられた六歌仙、藤原公任が撰んだ『三十六人撰』にもとづく三十六歌仙など、平安の雅を代表する歌仙たちの肖像が、平安時代末期以降、多くの場合その代表的な和歌とともに描かれるようになります。
歌仙絵は中世を通して隆盛し、室町時代には歌の上達を願ってしばしば神仏に奉納されました。江戸時代にはいると、天皇を中心とした京都の王朝文芸復興の気運の中で歌仙絵は新たな盛り上がりを見せ、平安時代以来の古典的な形式を継承しつつも、同時に新しい歌仙の姿が造形されていきます。また、徳川将軍家を中心に作られた歌仙画帖の存在は、武家も歌仙絵を平安以来の文化的権威を象徴する絵画として重視したことを示しています。江戸時代中期になると、出版文化の発展を背景に歌仙を主題とした版本が数多く刊行され、歌仙とその和歌は江戸の庶民の教養として広く浸透していきます。さらには浮世絵の画題としても盛んに取り上げられ、様々な歌仙のイメージが見立ての手法で楽しまれていくのです。
本展覧会では、江戸時代を中心に、歌仙たちがいかに描かれ、物語られ、そして愛されてきたかを、海の見える杜美術館の所蔵品によってたどります。細緻に描き込まれた可憐な面貌や、大胆にデフォルメされた姿、江戸時代の美人に投影されたイメージなど、多様な歌仙の姿をご覧ください。
【基本情報】
[会期]2020年9月5日(土)〜10月18日(日)
[開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで)
[休館日]月曜日(ただし9月21日(月・祝)は開館)、9月23日(水)
[入館料]一般1,000円 高・大学生500円 中学生以下無料
*障がい者手帳などをお持ちの方は半額。介添えの方は1名無料。*20名以上の団体は各200円引き。
[タクシー来館特典]タクシーでご来館の方、タクシー1台につき1名入館無料
*当館ご入場の際に当日のタクシー領収書を受付にご提示ください。
[主催]海の見える杜美術館
[後援]広島県教育委員会、廿日市市教育委員会
【イベント情報】
■当館学芸員によるギャラリートーク
[日時]9月19日(土)、10月3日(土)、10月17日(土) 13:30〜(45分程度)
[会場]海の見える杜美術館 展示室
[参加費]無料(入館料別途必要)
[事前申し込み]不要
*新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中止または開催内容に変更がある可能性がございます。
その際はホームページ等でお知らせいたします。
【章立て・主な出品作品】
プロローグ 和歌の力と歌仙の誕生
和歌を詠むことは、四季の美しさや人の心の機微をとらえるだけでなく、神仏への祈りを詠うことでもありました。詩歌に優れた人物で、後に神となった菅原道真の物語「北野天神縁起」には、和歌が不思議な出来事をひきおこしたり、和歌をとおして神意が伝えられたりするエピソードがあり、平安の人びとにとって、和歌は単なる文芸ではなく、呪術的な力の備わったことばであったことが窺われます。このような和歌の有り様を背景に、歌を巧みに詠む歌人たちは尊敬を集め、神格化されていきます。最初に描かれた歌仙は「歌聖」としてあがめられた柿本人麻呂で、平安貴族の夢に現れたその姿が絵に留められ、礼拝の対象となりました。ここでは、展覧会のプロローグとして、和歌に秘められた神聖な力を示す作品や、和歌にまつわる信仰のあり方の一端をご紹介します。
第1章 華麗なる歌仙の饗宴
江戸時代初期十七世紀の京都では、平安以来の宮廷の伝統を支える和歌と、その和歌を詠んだ歌人を描いた歌仙絵は、後水尾天皇を中心とした王朝文芸復興の気運の中で、新たな盛り上がりを見せます。また、同時期の江戸では、将軍お抱えの狩野派の絵師たちを中心に、やはり歌仙絵がしきりに制作されます。武家たちは、宮廷文化のエッセンスである歌仙絵を自らが作らせ、所有し、贈答しあうことで、その文化的権威を自分たちのものとしようとしたのです。多くの場合小さな画帖の形式に作られたこの時期の歌仙絵は、将軍家大名家などの贈与品や婚礼調度として、儀礼の場で使われたと考えられています。絵だけでなく、和歌を書いた色紙、表紙の裂や歌仙絵を入れる箱にいたるまで、華やかで立派なつくりの作例が多く残っています。また、詞書き筆者として名を連ねる堂上たちは、当時一流の書家として知られた貴族たちでした。華麗なお道具としての江戸時代の歌仙絵の、様々な姿をご紹介します。
第2章 歌仙の恋と生涯−業平と小町
歌人たちは優れた和歌によってだけではなく、その背後にある人生の物語についても人々の関心を集めました。『伊勢物語』の主人公が在原業平をモデルとするように、彼らの恋多き、波乱に満ちた人生は、歌を通してことさらに人々の想像力をかきたて、様々に物語りされ、絵の題材となりました。わけても在原業平と小野小町は、恋多き美男美女としていつの時代にも人々の関心を集めます。彼らの人生と恋がその歌を通してふくらみ、豊穣な虚構を生み出していく様は、どこか現代のアイドルに人々が抱く想いや幻想に通じるところがありそうです。ここでは『伊勢物語』の主人公のモデルとなった業平、落魄の美女としての小町に注目して、そのイメージや物語を和歌との関係においてひもといてみましょう。
第3章 浮世絵で楽しむ歌仙−教養とパロディと
「三十六歌仙」や「百人一首」は、江戸時代に絵入り版本として流通し、和歌と歌人のまとう物語は、江戸の人々の教養として浸透していきます。第2章でも紹介したように、人々の関心は、歌仙の歌と姿に触発されて、その人となりや人生の物語に向かったようで、多くの歌仙絵本には肖像と和歌とともに、彼らの略歴やエピソードが記されます。歌仙が人々によく知られるようになると、その際だったキャラクターやスター性を背景に、様々な「見立て」が行われます。浮世絵に描かれた歌仙は当世の美人や役者にそのイメージを投影され、江戸の人々の教養と機知に富んだ遊びの中に息づいていくのです。