展覧会
蘇州版画の光芒―国際都市に華ひらいた民衆芸術―
【趣 旨】
中国では古来より、吉祥画や風景画、花鳥画、美人画などの様々な版画が生活を彩ってきました。
その長い歴史の中で目を見張るのは、国際都市となった17-18世紀の蘇州において、中国と西洋の美術が交じり合うことで、今では蘇州版画と言い習わされる画期的な民衆芸術が誕生したことです。それらは以降の中国美術にとどまらず、日本やヨーロッパなど海外の美術にまで影響を及ぼすほど強い光を放っていました。
残念ながら、蘇州版画の多くは生活の中で消費され廃棄される命運にあったため遺品がほとんど伝来せず、その全貌が詳しく知られることはありませんでした。
海の見える杜美術館の所蔵する中国版画は、希少な17-18世紀の蘇州版画から現代年画に至るまで、その数3,000点以上に及ぶ世界屈指の質と量のコレクションです。本展覧会では、館蔵品の中から初公開作品を多数含む優品約300点を選定し、知られざる中国版画の世界をお楽しみいただきます。
【基本情報】
[会期](前期)2023年3月11日(土)〜2023年5月6日(土)
(後期)2023年6月 3日(土)~2023年8月13日(日)
※前期と後期でメイン会場の作品はすべて入れ替わります
[開館時間]10:00〜17:00(入館は16:30まで)
[休館日]月曜日(但し7/ 13(月)は祝日開館)、 7/14(火)
[入館料]一般1,000円 高・大学生500円 中学生以下無料
*障がい者手帳などをお持ちの方は半額。介添えの方は1名無料。*20名以上の団体は各200円引き。
[タクシー来館特典]タクシーでご来館の方、タクシー1台につき1名入館無料
*当館ご入場の際に当日のタクシー領収書を受付にご提示ください。
[主催]海の見える杜美術館
[後援]広島県教育委員会、廿日市市教育委員会、東方学会、美術史学会、国際浮世絵学会、広島芸術学会
【イベント情報】
■記念講演会「中国版画研究の現在」
日 時:5月27(土)・28(日) 17:30~21:00
言 語:日中英3か国語同時通訳
場 所:zoomを使ったオンライン講演会(言語ごとにURLが異なります)
参加方法:お名前と所属団体名を書いてprints@umam.jp宛にメールでお申込ください。送信いただいたアドレス宛に、講演会の前日までに、講演会用のURLと参加用ID、パスワードを返信いたします。
申込締切:2023年5月20日(土)
講 演 者:
5月27日(土) 小林宏光(上智大学名誉教授)、板倉聖哲(東京大学東洋文化研究所)、大木康(東京大学東洋文化研究所)、田島奈都子 (青梅市立美術館)、青木隆幸 (海の見える杜美術館)
5月28日(日) Yu-chih Lai(中央研究院)、Anita Xiaoming Wang (Birmingham City University)、Anne Farrer(Sotheby’s Institute of Art)、Lucie Olivova (Masaryk University)
■当館学芸員によるギャラリートーク
日 時:3月25日(土),4月29日(土),6月24日(土),7月29日(土),8月12日(土) 各13:30~
会 場:海の見える杜美術館展示室
参加費:無料(要入館料)
事前申込:不要
■夏休みワークショップ
2023年7月上旬からホームページにてご案内いたします。
【章立て・主な出品作品】
第1部 伝説・故事・物語を描く
清代(1644~1912)、テレビもインターネットもなかった時代、人々が物語に触れる主な手段は、クチコミ、演芸、印刷物でした。そのなかで自分の手元に残して楽しむことができるのは印刷物でした。
当時の書籍は、文字を読むことができる限られた人たちにむけた高価なものでした。それに対して版画は、一枚単位で販売される安価なもので、文字を読めなくても描かれた絵を通じて物語の内容を味わうことができる、庶民に親しみやすいものでした。また、版画には、書籍になるような有名な物語はもちろんのこと、三絃(さんげん)や琵琶などをつま弾きながら語る「弾詞(だんし)」、胡弓(こきゅう)・月琴(げっきん)・銅鑼(どら)などの伴奏に合わせて演じられる「京劇(きょうげき)」など、耳目(じもく)で楽しまれた芸能のように、普段の生活の中で庶民に親しまれた物語まで描かれています。
中国版画は家庭で気軽に娯楽を享受することができる民衆芸術でした。そこには当時の幅広い階層と年齢の人々が、喜怒哀楽をもって愛した様々なストーリーが静かに宿っています。
第2部 神仏・聖人を描く
中国版画の主要な画題のひとつに神仏像があります。
市井では、一年の幸せ、子孫繁栄、長寿、商売繁盛を願って、道教や民間信仰の神々の版画が数多く制作されました。中でも代表的な神仏といえば、福禄寿三星(ふくろくじゅさんせい)、八仙(はっせん)、寿老人(じゅろうじん)、麻姑(まこ)、そして関羽などでしょう。民間における信仰のおおらかさを示すがごとく、様々な組み合わせで描かれる福禄寿三星図などは、中国版画ならではの表現の幅と言えるでしょうか。人間であった関羽が関帝となり、いつしか周倉(しゅうそう)・関平(かんぺい)を両脇に従えた三尊形式で描かれ神像へと変化していく、いわゆる関羽信仰の発展も、これら中国版画における神像表現の中に確認することができます。
庶民の生活に根差した信仰と美術、その一つの身近な存在であった版画の姿をご覧ください。
第3部 人物を描く
中国版画には、人物画の優品も多々見られます。清代初期の作品では、ほとんどの場合、宮廷の高貴な女性の優雅な生活の一面が描かれました。清代末期になると、庶民的な生活を営む人々の姿も描かれるようになりました。
男性よりも女性や子供の姿を描いたものが多く、またそこに花や烏、霊獣である麒麟なとを添えているものもあります。これは当時、子宝、出世、富貴、長寿を願う吉祥という要素が絵画において重要視されたことによると思われます。
これらの人物画の魅力は、優美なしぐさや多彩な衣装、精緻(せいち)に描きこまれた顔の表情、西洋の絵画や版画から取り入れられた陰影表現など様々です。多くの作品では、印刷した顔を白く塗りつふした後に、眉、目、鼻、口を細い筆で丁寧になぞり、口紅を差し、そして顔に立体感を持たせるために陰影をつけています。版画と筆によって活き活きと表現された人々の姿をご覧ください。
第4部 花鳥を描く
日本で本格的な多色摺の浮世絵が始まる前から、中国では多色摺に拭きぼかし(版木の上で色の濃淡をつける技法)や空摺(からずり。紙に凹凸をつける技法)を加えた美麗な一枚摺の花鳥画を制作していました。特筆すべきは雍正(ようせい。1723~1735)から乾隆(けんりゅう。1736~1795)初期に、丁亮先(ていりょうせん。生没年不詳)や丁應宗(ていおうそう。生没年不詳)(二人は同一人物という説もある)が制作した版画の一群です。花の部分は墨版を用いずに、色版と拭きぼかしと空摺で鮮やかに立体的に描いています。
花鳥画に描かれているモチーフは、基本的には吉祥の意味を持っています。例えば、蓮の花、ザクロの実、萱草(かんぞう)の組み合わせの作品は、必ず子どもを授かる〈蓮〉、たくさんの子供が生まれる柘榴(ざくろ)、男子が生まれる〈萱草〉という意味になります。華やかな美しさを持つこれらの花鳥画ですが、隠された意味を読み解くことで、当時の人々がどのような目でこれらを見ていたかを知ることができます。
第5部 吉祥・文字を描く
ここでは、装飾的なモチーフの組み合わせに深い意味を読み解く作品や、なぞ解きをしないと文字を読む順番がわからない仕掛けを持つものなど、とりわけ知的な遊び心が取り入れられたものを集めました。一つの絵の中に幾重にも張り巡らされた意味を読み解いていく、奥深い味わいを持つ作品群です。
文字を描いた版画の魅力は、その文字の意味や字体の美しさにとどまりません。ある作品は吉祥の草花で文字の線を装飾し、またある作品はその字義を伝える物語絵を文字の形で描き、あるいはまた文字の背景を吉祥紋で埋め尽くすなど、見る人を飽きさせない多様なデザインにあふれています。
第6部 風景・風俗を描く
康煕(こうき。1662~1722)末期から、蘇州とその近郊では西洋画に倣った版画が制作されるようになりました。線遠近法や陰影法、銅版画にみられるハッチングの手法などを用いた版画です。それらの版画の中には「倣大西洋筆法」(西洋の描き方に倣った)などと画中に記された作品があることから、西洋画と関係性があることがはっきりしています。当初は正確に用いられていた西洋の技法でしたが、次第に西洋の要素が影を潜め、乾隆(1736~1795)中期には中洋折衷の独特の様式となっていきました。
都市景観図ともいえる風景画には、当時の流行、ランドマーク、祭りの様子やファッションまで克明に描かれています。またこの部には、戦争を報道したもの、地図、ボードゲームなど人々の生活に直接かかわった版画も集めています。これらの作品は、写真の記録がない時代の様相をうかがい知ることができる貴重な資料でもあります。
第7部 中国版画の日本伝播
中国の版画の一種である蝋牋(ろうせん。版木などを押しつけて模様を付けた料紙)が、藤原定実(ふじわらのさだざね)筆《巻子本古今和歌集切巻第九》(かんすぼんこきんわかしゅうぎれまきのだいきゅう。12世紀、個人蔵[『彩られた紙料紙装飾』展図録、徳川美術館、2001年、図54])の料紙に使用されています。また、平江府磧砂延聖院(へいこうふせきさえんしょういん)で制作された木版の大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう。12世紀)は、12世紀末期に興福寺を中心とした奈良の寺院で開版されています。このように、中国の版画は古来より日本に伝来し、文化の一翼を担ってきました。同様に中国版画はヨーロッパヘもわたり、各地にさまざまな影響を与えていたことが近年の研究で明らかになってきています。
ここでは、海の見える杜美術館が所蔵するコレクションより、17世紀以降に日本に伝播した中国版画とその影響の足跡をたどります。中国版画に想を得て制作された浮世絵など、日本伝播の影響を直截的(ちょくせつてき)に感じていただける作品群です。
第8部 暦・門神・紙馬
海の見える杜美術館は、清朝末期から20世紀にかけて広く中国各地で制作された民衆版画も多数所蔵しています。ここではその中でも特に年画の暦(こよみ)と門神(もんしん)、紙馬(ジーマ)に注目します。年画とは一年に一度、新年に際して貼り替える版画です。
暦は清代から現代にいたるまで、各家庭に広く流布した一枚摺の簡易なものを展示します。激しく傷んだ版木をそのまま使用しているものや、図の部分は何年も同じ絵を使いまわして暦の部分だけを取り替えたものなど、安く合理的に制作されたものが大多数を占めています。
門神は、家に禍(わざわい)が起こらないように門を守る神です。家の入口に貼られた門神は、毎年春節の時期に貼り替えられます。この風習は今でも中国全土に残っており、ここでは1980年代に各地で制作されていた門神を展示します。地域性豊かな門神の姿をお楽しみいただけると思います。
紙馬とは、元来道教の祭祀の際に供えられる、さまざまな色の紙に印刷された神像です。儀式が終わった後にこれを焚(た)くことで神を祭ります。紙馬を供える風習は年画と同様に中国全土にありましたが、いまでは雲南省の一部地域に残るだけとなりました。ここでは1980年代の雲南省の大理で作られた紙馬を展示します。雲南省の紙馬は甲馬(ジャーマ)、甲馬子(ジャーマヅ)と呼ばれます。文字通り本来の意味は鎧を付けた馬ということのようですが、現在は思いつく限りというほどにいろいろな神々が描かれています。
《大清乾隆三十七年迎喜図》 清時代 乾隆36年(1771) 海の見える杜美術館
《門神》 中華人民共和国 1980年代 天津市、楊柳青 海の見える杜美術館
《甲馬》 中華人民共和国 1980年代 雲南省、 大理 海の見える杜美術館